個人クリニックの確定申告|概算経費の特例(措置法26条)・青色申告・自由診療の消費税

個人クリニックの確定申告|概算経費の特例(措置法26条)・青色申告・自由診療の消費税

横浜市でクリニック・歯科医院の税務をサポートしている、岩本隆一税理士事務所の代表、岩本隆一です。

「概算経費の特例というものがあると聞いたが、うちは使えるのか」「自由診療や健診の収入に消費税はかかるのか」「青色申告にしたほうがいいのか」――個人で開業しているクリニック・歯科医院の院長から、確定申告の時期によくいただくご質問です。医科・歯科の確定申告には、他の業種にはない特有の計算(社会保険診療報酬の所得計算の特例、社会保険診療の消費税非課税、事業税の非課税)があり、これを知っているかどうかで申告の手間も税額も変わります。

この記事では、措置法26条の概算経費の特例の仕組み・要件と有利判定、自由診療・物販・予防接種などの消費税の課税区分と納税義務の判定、青色申告と専従者給与・医療機器の減価償却、院長個人の経費と家事費の区分、法人化の検討につながる所得水準の目安を解説します。本記事は2026年11月6日時点の租税特別措置法・消費税法・所得税法に基づき、2026年分(令和8年分)の確定申告を前提にしています。

社会保険診療報酬の所得計算の特例(措置法26条)|仕組み・要件・有利判定

医師・歯科医師が個人で開業している場合、その年の社会保険診療報酬が5,000万円以下で、かつ医業・歯科医業の総収入(自由診療などを含む)が7,000万円以下であれば、社会保険診療にかかる必要経費を、実際の経費ではなく収入に応じた「概算経費率」で計算できます(租税特別措置法26条)。概算経費は次のとおりです。

  • 社保診療報酬2,500万円以下:収入×72%
  • 2,500万円超〜3,000万円以下:収入×70%+50万円
  • 3,000万円超〜4,000万円以下:収入×62%+290万円
  • 4,000万円超〜5,000万円以下:収入×57%+490万円

たとえば社保診療報酬が3,500万円なら、概算経費は3,500万円×62%+290万円=2,460万円です。実際の経費(社保診療に対応する部分)がこれより少なければ、概算経費を使ったほうが所得が小さくなり有利です。逆に、開業初年度で設備投資が多い年や、人件費・家賃が高くて実際の経費率が概算経費率を上回る年は、実額のほうが有利です。特例を使うかどうかは毎年の申告時に選べるため、両方で計算して比べる「有利判定」を毎年行います。

概算経費の特例の有利判定の流れ

社会保険診療にかかる経費は、概算と実額のうち有利なほうを毎年選べます。

1
適用の要件を確認その年の社会保険診療報酬が5,000万円以下で、自由診療などを含む総収入が7,000万円以下かを確認します。
2
概算経費を計算する社保診療報酬の額に応じた率(72%〜57%)で計算し、区分により定額を加えます。3,500万円なら2,460万円です。
3
実額の経費と比べる社保診療に対応する実際の経費と比べます。自由診療部分の経費は概算の対象外で、収入比などで按分します。
4
有利なほうを選ぶ所得が小さくなるほうを選びます。設備投資の多い年や人件費・家賃が高い年は、実額が有利なこともあります。
概算経費を使う年も、帳簿の記帳と保存は必要です。
出典:租税特別措置法26条。本文の説明を図にまとめたものです。

注意点は、①自由診療部分の経費は概算の対象外で、実際の経費を社保診療と自由診療に収入比などで按分する必要があること、②概算経費を使う年も帳簿の記帳と保存は必要なこと(青色申告の要件でもあります)、③青色申告特別控除は概算経費と併せて適用できるものの、控除の上限の計算では社会保険診療に対応する部分の所得が除かれること、です。また、社会保険診療にかかる所得は個人事業税が非課税のため、事業税は自由診療部分の所得にだけかかります。

自由診療・物販・予防接種の消費税の課税区分と納税義務

健康保険・国民健康保険・後期高齢者医療などの社会保険診療、公費負担医療、労災保険、自賠責保険による療養は消費税が非課税です。一方、次の収入は課税売上になります。

  • 自由診療:美容医療、自費のインプラント・矯正・セラミック・ホワイトニング、自費のカウンセリングなど。
  • 健康診断・人間ドック・予防接種:企業健診や自治体から委託された健診・予防接種も、療養の給付ではないため課税です。
  • 診断書・証明書の発行料、入院時の差額ベッド代、特別メニューの食事。
  • 物販:サプリメント、化粧品、歯ブラシなどの販売。
  • その他:講演料、原稿料、産業医としての報酬(給与でない場合)、医療機器の売却など。

課税売上の合計が年間1,000万円を超えると、その2年後の年から消費税の課税事業者になり、申告・納税が必要です。課税事業者になる場合は、本則課税(預かった消費税-支払った消費税。社保診療に対応する仕入れは控除できないため課税売上割合の計算が必要)、簡易課税(医業は第5種・みなし仕入率50%、物販は第2種80%)、インボイス登録を機に課税事業者になった方向けの負担軽減措置(2割特例は2026年分まで、2027・2028年分は3割特例)のどれが有利かを事前に検討します。患者さん(消費者)が相手の自由診療ではインボイスの交付を求められることは少ないですが、企業健診や講演料など事業者が相手の収入があると、登録を求められることがあります(「3割特例とは?」)。

青色申告と専従者給与・医療機器の減価償却

  • 青色申告特別控除:複式簿記で記帳し、e-Taxで申告(または電子帳簿保存)すれば65万円の控除が受けられます。概算経費の特例と併用できますが、控除の上限は社会保険診療に対応する部分を除いた所得の金額で計算します。
  • 青色事業専従者給与:配偶者が受付・事務・経理を担当している場合、届出をしたうえで、業務内容に見合った給与を経費にできます。概算経費を使う年は、社保診療に対応する分の専従者給与は概算経費に含まれる扱いになるため、有利判定の際に考慮します。
  • 医療機器の減価償却:医療機器は種類ごとに耐用年数が定められています(歯科診療用ユニット7年、レントゲン装置6年(移動式などは4年)、消毒殺菌用機器4年、手術機器5年など)。青色申告の方は、取得価額40万円未満(2026年3月31日以前の取得分は30万円未満)の機器を年間合計300万円まで、事業に使い始めた年に全額経費にできる少額減価償却資産の特例が使えます。リースの医療機器は、リース料を経費にする処理と資産計上する処理があり、契約内容によって異なります。
  • 開業初年度:開業前にかかった準備費用(開業費)は繰延資産として任意の年に償却でき、所得の多い年に合わせて償却する調整が可能です。

記帳の実務では、レセコン(レセプトコンピュータ)の売上データ、窓口現金の日計表、社保・国保からの入金(診療月の翌々月)を照合し、売上は入金時ではなく診療月で計上します。未収の診療報酬(年末時点で未入金の11月・12月診療分)を売上に計上する発生主義が原則です。

院長個人の経費と家事費の区分

税務調査で最も確認されるのが、院長個人の支出と医院の経費の区分です。考え方は一般の個人事業主と同じですが、医科・歯科特有の項目を挙げます。

  • 学会費・学会参加費・医師会費:診療に関係するものは経費です。学会への出張旅費も経費ですが、同伴した家族の旅費や、観光が主目的の旅行は経費になりません。参加証明やプログラムを保存します。
  • 交際費:取引先(医療材料の仕入先、紹介元の医療機関など)との飲食は経費ですが、同業の友人との会食や家族との食事は経費になりません。相手と目的を記録します。
  • 車:往診や通勤に使う車は、仕事と私用の走行距離などで按分します。高級車の全額経費計上は実態に合わないと指摘されやすい項目です。
  • 書籍・衣服:医学書は経費、白衣・スクラブは経費、私服やスーツは原則経費になりません。
  • 家族への給与:専従者給与は届出の範囲内で、実際に従事した業務に見合った額にします。勤務実態がない家族への給与は否認されます。
  • 自宅兼診療所:家賃・光熱費は床面積や使用時間で按分します(考え方は「個人事業主の経費はどこまで?家事関連費の按分」)。

クリニック・歯科の税務調査で具体的に確認される点は「クリニック・歯科の税務調査で確認されること」で解説しています。

法人化の検討につながる所得水準の目安

個人クリニックの所得が増えてくると、所得税・住民税の累進税率(最高55%。復興特別所得税を含めると約56%)の負担が重くなり、医療法人化して役員報酬と法人の利益に分散する選択肢が出てきます。目安としては、課税所得が1,500万〜2,000万円を超えるあたりから法人化の効果が出やすいとされていますが、概算経費の特例は個人にしか使えないこと(法人化すると使えなくなる)、社会保険料の負担が増えること、法人の財産が個人に戻らないことなどを含めて、実際の数字で試算する必要があります。法人化のメリット・デメリットと横浜市での手続きは「医療法人化のメリット・デメリットと横浜市での手続きの流れ」、設立前の準備は「医療法人設立の準備チェックリスト」をご覧ください。

当事務所では、個人クリニック・歯科医院の確定申告(概算経費の有利判定、消費税の区分、青色申告)と、法人化のシミュレーション(シミュレーションのみのご利用も歓迎)を行っています。詳しくは医療法人設立サポートのページをご覧ください。

まとめ:概算経費の有利判定・消費税の区分・事業税の非課税が医科・歯科の確定申告の3本柱

個人クリニックの確定申告では、社保診療5,000万円以下・総収入7,000万円以下なら概算経費の特例(72%〜57%+定額)と実額を毎年比べて有利なほうを選び、自由診療部分は実額経費を按分します。消費税は社会保険診療が非課税、自由診療・健診・予防接種・物販・診断書料は課税で、課税売上1,000万円超で課税事業者になります。事業税は自由診療部分の所得にのみかかります。青色申告の65万円控除と専従者給与、医療機器の減価償却、院長個人の経費の区分を整えておけば、申告の精度が上がり、税務調査でも説明に困りません。所得が1,500万〜2,000万円を超えてきたら、法人化の試算を検討する時期です。

「個人クリニックの確定申告」まとめ

  • 措置法26条:社保診療5,000万円以下かつ総収入7,000万円以下なら概算経費(2,500万以下72%/3,000万以下70%+50万/4,000万以下62%+290万/5,000万以下57%+490万)。毎年実額と比べて選択、自由診療分は実額を按分
  • 社会保険診療の所得は個人事業税が非課税。青色申告特別控除は概算経費と併用可(社保診療分の所得は控除の上限計算から除く)
  • 消費税:社保診療・公費・労災・自賠責は非課税。自由診療・健診・予防接種・診断書・差額ベッド・物販は課税。課税売上1,000万円超で課税事業者、簡易課税は医業第5種
  • 青色申告65万円控除(e-Tax)、専従者給与は業務実態に見合う額、医療機器は種類別の耐用年数で償却、40万円未満(2026年3月以前の取得分は30万円未満)は少額特例
  • 売上は入金時でなく診療月で計上(11・12月分の未収も計上)。学会旅費の家族分・同業者との会食・高級車の全額計上は要注意
  • 課税所得1,500万〜2,000万円超で法人化の試算を。概算経費は法人では使えない

「個人クリニックの確定申告」に関するよくある質問

A.社保診療報酬が5,000万円を超えた年は、その年の申告で概算経費の特例は使えず、すべて実額の経費で計算します。概算経費と実額の差が大きい医院では、5,000万円を超えた途端に所得が増えて税額が大きく変わることがあり、「5,000万円の壁」と呼ばれます。ただし、収入を意図的に調整する(診療報酬の請求を翌年に回すなど)ことは認められません。収入が安定して5,000万円を超える見込みなら、法人化による所得分散や、実額経費を正確に計上できる記帳体制の整備を検討する時期です。

A.基準期間(2年前の年)の課税売上高が1,000万円を超えた年から課税事業者になります。たとえば2026年の課税売上が1,000万円を超えると、2028年分から消費税の申告・納税が必要です(前年上半期の課税売上と給与がともに1,000万円を超える場合は、翌年から課税事業者になる特定期間の判定もあります)。課税事業者になる年の前年末までに、簡易課税を選ぶかどうかを届出で決める必要があるため、課税売上が1,000万円を超えた年の申告時に、2年後の対応を一緒に検討しておきます。自由診療の売上と社保診療の売上を帳簿で明確に分けておくことが前提です。

A.必要です。概算経費の特例は、社保診療にかかる必要経費の「計算方法」の特例であって、記帳や帳簿書類の保存義務を免除するものではありません。青色申告の要件である複式簿記の記帳と帳簿・領収書の7年保存は、概算経費を使う年も同じです。また、自由診療部分の経費は実額で計算するため、その根拠として領収書が必要です。さらに、翌年以降に実額のほうが有利になる可能性もあり、有利判定のためにも実際の経費を毎年把握しておく必要があります。「概算だから領収書は捨ててよい」と考えるのは誤りです。

クリニック・歯科医院の確定申告は、横浜の岩本隆一税理士事務所へ。

「概算経費と実額のどちらが有利か計算してほしい」「自由診療の消費税の区分を整理したい」「法人化の時期を相談したい」など、個人クリニック・歯科医院の税務のことなら、お気軽にご相談ください。横浜市内の医療機関を中心に、代表税理士が直接対応します。土日祝・夜間も対応可能です。ご依頼に関する初回相談・お見積もりは無料です。具体的な調査・検討が必要なご相談は、内容を伺ってご案内します。

執筆者紹介

岩本隆一税理士

岩本隆一税理士事務所
代表税理士・行政書士
岩本 隆一Ryuichi Iwamoto

準大手税理士法人で多くの実務を経験後、横浜市西区で独立。「経営者の孤独と本音に寄り添うパートナー」を信条に、代表自らが直接対応します。IT(クラウド会計・LINE)を活用して業務を進めます。土日祝・夜間の対応は事前予約制です。横浜F・マリノスを愛する生粋の横浜っ子です

税務・申告に関するご相談を承ります。

「税金のことが分からない」「税務署から連絡が来て不安だ」「申告期限が迫っている」など、
どんなことでも一人で悩まずご相談ください。横浜市密着の岩本隆一税理士事務所が、税務・申告についてサポートします。
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