医療法人設立の準備チェックリスト|決算書・資産と負債の引き継ぎ・社会保険・開設手続まで、認可申請の前に整えること

横浜市でクリニック・歯科医院の医療法人設立をサポートしている、岩本隆一税理士事務所の代表、岩本隆一です。
「医療法人化を決めたが、認可申請の前に何を整えればいいのか」「医療機器や借入金は法人にどう引き継ぐのか」「スタッフの社会保険はどうなるのか」――医療法人の設立は、認可申請の書類を作る前の「準備」で手戻りの大半が決まります。資産と負債の整理が不十分なまま素案を出すと、事前審査で差し戻され、次の受付(半年後)まで待つことになりかねません。
この記事は、医療法人化の判断から認可申請の素案提出までに院長が整えておくことを、実務のチェックリストとしてまとめたものです。横浜市での認可申請の全体の流れと年2回のスケジュールは「医療法人化のメリット・デメリットと横浜市での手続きの流れ」で解説していますので、本記事では準備の中身に絞ります。本記事は2026年11月6日時点の医療法と実務に基づき、横浜市(指定都市)の認可の運用は年度ごとに変わるため、提出書類やスケジュールは必ず最新の手引きで確認してください。
① 法人化の判断に使う直近2〜3期の決算書・申告書の整理
最初にそろえるのは、個人クリニックの直近2〜3期分の青色申告決算書・確定申告書・固定資産台帳・借入金の返済予定表・リース契約の一覧です。これらをもとに、次の点をシミュレーションします。
- 法人化後の税負担と手取り:院長の役員報酬をいくらに設定するか、法人に残す利益はいくらか、社会保険料(厚生年金)の負担増を含めて、個人のままの場合と比較します。課税所得が1,500万〜2,000万円を超えるあたりから効果が出やすい、というのが目安ですが、実際の数字で確認します。
- 運転資金の要件:横浜市の手引きでは、新たに診療所を開設するために一人医師医療法人を設立する場合と、経営実績が2年未満で一人医師医療法人を設立する場合に、2か月以上の運転資金を有することが必要とされています(横浜市「医療法人の設立の手続き」4 資産要件)。これに当たる場合は、直近の決算書と設立後の予算書から2か月分の支出を見積もり、個人の資金から法人に移せる額を確認します。
- 事業計画・予算書の基礎:認可申請には設立後2年間の事業計画と予算書を添付します。過去の実績がその基礎になります。
(仮定例)開業から1年半の個人クリニックを一人医師医療法人にする場合
横浜市内で開業して1年半の個人クリニックが、一人医師医療法人を設立するとします。横浜市の「医療法人の設立の手続き」では、新たに診療所を開設するため、または経営実績が2年未満で一人医師医療法人を設立する場合には、2か月以上の運転資金を有することが必要とされています。
この例では、直近の決算書と設立後2年間の予算書から毎月の支出(人件費・家賃・材料費など)を見積もり、たとえば月700万円なら2か月分の1,400万円以上の現預金を、院長個人の生活資金とは分けて法人に拠出できるかを確認します。足りない場合は、拠出する額や設立の時期を見直すことになります。実際の事例ではありません。
出典:横浜市「医療法人の設立の手続き」(4 資産要件)
② 拠出する資産・引き継ぐ負債の整理
現在設立できるのは「持分なし」の医療法人で、多くは基金拠出型を選びます。個人クリニックの資産のうち、何を法人に移し、何を個人に残すかを一つずつ決めます。
- 医療機器・什器・内装:法人の診療に使うものは基金として拠出するのが基本です。評価額は帳簿価額(未償却残高)を基礎に、税務上は時価で個人から法人へ譲渡したものとして扱われます。個人側では譲渡所得(総合課税・50万円の特別控除あり)の計算が必要になり、消費税の課税事業者であれば課税売上にもなります。古い機器で価値がほぼないものは、拠出せず個人で処分する選択もあります。
- 薬品・材料の在庫:法人設立日時点の在庫を棚卸し、法人に引き継ぎます。個人側では事業所得(売上)になります。
- 敷金・保証金:テナントの場合、賃貸借契約を法人名義に切り替えるときに敷金を法人に承継するか、個人が返還を受けて法人が新たに差し入れるかを貸主と調整します。
- 不動産(土地・建物):院長個人が所有する建物は、法人に拠出する方法と、個人が所有したまま法人に賃貸する方法があります。賃貸にすると院長に不動産所得が生じ、賃料の妥当性が税務上の論点になります。将来の相続・承継まで考えて決めます。
- 借入金:法人に引き継げる負債は、原則として拠出する資産(医療機器・建物など)の取得に充てた設備資金の借入金に限られ、運転資金として借りたものは引き継げません。金融機関に債務引受の可否と手続き(新規の融資契約への切り替えになることが多い)を早めに確認します。
- リース契約:医療機器や電子カルテのリースは、リース会社の承諾を得て法人に名義変更します。承諾が得られない場合は個人契約のまま残すか、再リースを検討します。
- 現預金:運転資金の要件がかかる場合は、それを満たす額を拠出します。個人の生活資金とは明確に分けます。
拠出した基金は、法人から院長への返還義務がある「借入金に近い性質のもの」ですが、利息は付けられず、返還には純資産の要件があります。寄附として法人に渡す方法もありますが、法人の財産は個人に戻らない点を理解したうえで、金額と方法を決めてください。
③ 役員・社員の構成と定款で決めること
- 社員:社団医療法人の最高意思決定機関(社員総会)の構成員で、原則3名以上が必要です。社員は出資者ではなく「議決権を持つ人」で、院長・配偶者・親族のほか、信頼できる第三者を入れることもあります。
- 理事:原則3名以上で、理事長は原則として医師または歯科医師です。理事に親族を入れる場合は、その人が実際に職務を行い、報酬がそれに見合っていることが税務上も重要です。
- 監事:1名以上で、理事や職員との兼任はできず、理事の親族など利害関係のある人は避けるべきとされています。実務上は、税理士以外の第三者(他院の院長、士業など)に依頼することが多く、人選に時間がかかる項目です。
- 定款で決めること:法人の名称、事務所の所在地、開設する診療所の名称・所在地、社員の資格と入退社、役員の定数と任期、会計年度(決算月)、基金の額、解散時の残余財産の帰属先(国・地方公共団体・他の医療法人など、持分なし法人では個人に帰属させられません)。決算月は、繁忙期を避け、認可時期と設立登記の時期も踏まえて決めます。
④ スタッフの雇用・社会保険の切り替えと退職金の扱い
- 雇用契約:個人クリニックから医療法人への移行は、法律上は「個人事業の廃止と法人での新規雇用」になります。スタッフには事前に説明し、雇用条件(給与・勤務時間・有給休暇の残日数の引き継ぎなど)を明示した雇用契約書を法人名義で結び直します。勤続年数を法人で通算する旨を就業規則や契約書に明記しておくと、退職金や有給休暇の扱いが明確になります。
- 社会保険:医療法人は健康保険・厚生年金の強制適用事業所になります。院長が医師国保・歯科医師国保に加入している場合、法人化後も医師国保を続けるには、設立後に年金事務所へ「健康保険被保険者適用除外承認申請」を期限内(事実発生から14日以内)に行う必要があり、期限を過ぎると協会けんぽへの加入になります。スタッフ分も同じ手続きです。厚生年金は全員が加入し、保険料の法人負担分が新たに発生します。
- 労働保険:雇用保険・労災保険は事業主の変更手続きを行います。
- 退職金:個人クリニック時代の勤続分をどう扱うかを決めます。中小企業退職金共済(中退共)に加入している場合は、法人に契約を引き継げます。個人事業の廃業時に退職金を支払う方法もありますが、資金と税務の両面で検討が必要です。
- 院長自身の退職金:法人化後は院長も役員退職金の対象になります。役員退職金規程と生命保険などの準備は、設立後早めに整えます。
⑤ 認可後の開設手続までの実務チェックリスト
認可書を受け取ってから診療開始までの手続きを、順番にまとめます。期限のあるものは特に注意してください(横浜市の窓口・様式は要確認)。
認可書を受け取ってから診療を始めるまでの主な手続きを、順に並べました。
- 設立登記:認可後、速やかに法務局で設立登記を行います。登記が完了した日が法人の成立日です。登記事項証明書と印鑑証明書を取得します。
- 登記完了届:横浜市(医療局)に登記完了の届出を行います。
- 診療所の開設許可申請・開設届:法人の診療所は「許可制」のため、保健所に開設許可を申請し、許可後に開設届を提出します。個人クリニックは廃止届(廃止後10日以内)を出します。エックス線装置の備付届なども法人として改めて提出します。
- 保険医療機関の指定申請:関東信越厚生局神奈川事務所に法人として指定申請を行います。開設者の変更のみで同じ場所・同じ体制で診療を続ける場合、個人の指定日からの空白が生じないよう「遡及指定」の扱いを受けられることがあります。申請の締切は月1回のため、設立登記の時期から逆算します。生活保護・労災などの指定も法人として取り直します。
- 税務の届出:法人設立届出書(税務署に2か月以内、県税事務所・市役所にも)、青色申告の承認申請書(設立から3か月以内または最初の事業年度末のいずれか早い日まで)、給与支払事務所等の開設届出書、源泉所得税の納期の特例の承認申請書。個人側は、個人事業の廃業届(廃業した年分の確定申告期限まで。国税庁 A1-5)、青色申告の取りやめ届出書、消費税の事業廃止届出書、そして個人としての最後の確定申告(翌年3月15日まで)。
- 社会保険・労働保険:健康保険・厚生年金の新規適用届(成立から5日以内)、医師国保の適用除外承認申請(14日以内)、雇用保険・労災保険の手続き。
- 契約・名義の変更:銀行口座の開設、テナント・リース・保守契約・電気ガス水道・電話・クレジット決済・医療材料の仕入先・医師会・各種保険(医師賠償責任保険など)の名義変更。
- 役員報酬の決定:設立後3か月以内に理事会・社員総会で役員報酬を決め、議事録を残します。定期同額給与の要件を満たさないと損金になりません。
当事務所では、法人化の試算から、資産・負債の整理、定款案の作成、認可申請、設立後の税務・社会保険の届出まで一貫してサポートしています(「シミュレーションだけ」のご利用も歓迎しています)。料金とサービス内容は医療法人設立サポートのページをご覧ください。法人化後の役員報酬と社長個人の資金区分については「法人の税務調査で社長個人の口座や役員貸付金はどう見られる?」も参考になります。
まとめ:資産・負債の整理と監事の人選が、準備の2大ポイント
医療法人設立の準備は、①直近2〜3期の決算書で法人化の効果と、運転資金の要件(新規開設や経営実績2年未満の一人医師医療法人は2か月分以上)を確認し、②医療機器・在庫・敷金・不動産・借入金・リースについて拠出するものと個人に残すものを決め(運転資金の借入は引き継げない)、③社員3名・理事3名・監事1名の人選と定款の内容を固め、④スタッフの雇用契約・社会保険(医師国保の適用除外は14日以内)・退職金の扱いを決める、という順に進めます。認可後は設立登記→開設許可→保険医療機関の指定(遡及の可否と月1回の締切)→税務・社会保険の届出→契約の名義変更と続くため、設立登記の時期から逆算した工程表を作っておくことが、診療に空白を作らないコツです。
「医療法人設立の準備チェックリスト」まとめ
- 決算書2〜3期分で法人化の効果(役員報酬・社会保険料込み)を試算。新規開設・経営実績2年未満の一人医師医療法人は運転資金2か月分以上も確認
- 拠出資産:医療機器・在庫・敷金・現預金(時価で譲渡扱い、個人側で譲渡所得・事業所得・消費税)。不動産は拠出か賃貸かを承継まで見て決める
- 引き継げる負債は設備資金の借入のみ。運転資金の借入は不可。リースは名義変更の承諾が必要
- 社員3名以上・理事3名以上(理事長は原則医師・歯科医師)・監事1名以上(兼任・親族は避ける)。定款で決算月・基金・残余財産の帰属先を決める
- スタッフは法人で雇用契約を結び直し、勤続通算を明記。医師国保継続は適用除外申請を14日以内に。中退共は引継ぎ可
- 認可後:登記→開設許可・個人の廃止届→保険医療機関の指定(遡及・月1回締切)→税務・社会保険の届出→名義変更→役員報酬の決定(3か月以内)
「医療法人設立の準備」に関するよくある質問
法人化はできますが、運転資金として借りた借入金は法人に引き継げないのが原則で、院長個人が返済を続けることになります。法人化後は院長の収入が役員報酬になるため、その中から個人の借入を返済できる報酬額を設定する必要があります。設備資金の借入は、拠出する医療機器などに対応するものとして法人に引き継げますが、金融機関の承諾と新たな契約が必要になるため、法人化の検討を始めた段階で金融機関に相談しておくことをおすすめします。借入の内容が設備と運転で混ざっている場合は、返済予定表と資金使途をもとに整理します。
監事は法人の業務と財産を監査する立場のため、理事・職員との兼任ができず、理事の親族など利害関係のある人も避けるべきとされています。顧問税理士が監事に就くことは、法人の会計を作る側と監査する側が同じになるため適切ではなく、当事務所でもお受けしていません。実務上は、他の医療機関の院長、取引のない士業、信頼できる知人などに依頼するケースが多く、監事には年1回の監査報告書の作成をお願いすることになります。人選に時間がかかるため、素案提出の2〜3か月前には打診を始めてください。
法人の診療開始日の前日までの個人クリニックの所得について、翌年3月15日までに最後の確定申告を行います。その年は、個人の事業所得(診療開始前日まで)に加えて、法人からの役員報酬(給与所得)が発生し、さらに医療機器を法人に譲渡した分の譲渡所得、在庫を引き継いだ分の売上が加わるため、通常の年より複雑になります。社会保険診療報酬の概算経費の特例(措置法26条)は、個人として診療した期間の社保診療収入で判定します。消費税の課税事業者だった場合は、個人の最後の消費税申告も必要です。法人化の年の申告は、設立前から資料を整理しておくと落ち着いて対応できます。
医療法人設立の準備は、横浜の岩本隆一税理士事務所へ。
「法人化の効果を試算したい」「資産と借入の引き継ぎ方を相談したい」「認可申請から設立後の届出まで任せたい」など、クリニック・歯科医院の法人化のことなら、お気軽にご相談ください。横浜市内の医療機関を中心に、代表税理士が直接対応します。土日祝・夜間も対応可能です。ご依頼に関する初回相談・お見積もりは無料です。具体的な調査・検討が必要なご相談は、内容を伺ってご案内します。
執筆者紹介

岩本隆一税理士事務所
代表税理士・行政書士
岩本 隆一Ryuichi Iwamoto
準大手税理士法人で多くの実務を経験後、横浜市西区で独立。「経営者の孤独と本音に寄り添うパートナー」を信条に、代表自らが直接対応します。IT(クラウド会計・LINE)を活用して業務を進めます。土日祝・夜間の対応は事前予約制です。横浜F・マリノスを愛する生粋の横浜っ子です
税務・申告に関するご相談を承ります。
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