値上げを決断する前に確認する数字|損益分岐点、客数と単価のシミュレーション

横浜市で経営者コーチングと税務顧問を行っている、岩本隆一税理士事務所の代表、岩本隆一です。
「原価が上がっているのに価格を据え置いたままで、利益が削られている」「値上げしたら客が減るのが怖い」「いくら上げればいいのか根拠がない」――店舗・サービス業・製造業の経営者から、値上げの決断についてご相談を受けます。値上げは感覚で決めるものではなく、損益分岐点と限界利益率が分かれば、「何%上げて、客数が何%減るまでは利益が維持できるか」を数字で確認できます。数字が見えると、怖さは「判断」に変わります。
この記事では、損益分岐点の考え方(固定費・変動費・限界利益率)、値上げ率×客数減少率のシミュレーション表、値上げの伝え方・タイミングと価格以外の調整(メニュー構成・セット)、値上げ後に見る数字(客単価・客数・粗利率)、決断を先延ばししているときにコーチングでやることを解説します。本文の数値はすべて仮定例で、実際の数字は事業ごとの試算表・原価率で置き換えて確認してください。試算表の読み方は「試算表の見方|経営者が毎月チェックする5つの数字」、利益と資金のずれは「売上は伸びているのにお金が残らない理由」をご覧ください。
損益分岐点の考え方固定費・変動費・限界利益率
値上げの判断に使う数字は3つです。費用を「売上に比例して増える変動費」と「売上に関係なく毎月かかる固定費」に分けることから始めます。
限界利益率から、値上げで客数が何%減っても利益を維持できるかを確かめます。
| 用語 | 意味 | 例(飲食店) |
|---|---|---|
| 変動費 | 売上(客数)に比例して増減する費用 | 食材・飲料の原価、包材、カード決済手数料、歩合の人件費 |
| 固定費 | 売上がゼロでも毎月かかる費用 | 家賃、正社員・固定シフトの人件費、リース料、保険、減価償却費、借入利息、通信費 |
| 限界利益 | 売上 − 変動費。固定費を回収し利益を生む元になる金額 | 売上500万円 − 変動費175万円 = 限界利益325万円 |
| 限界利益率 | 限界利益 ÷ 売上 | 325万円 ÷ 500万円 = 65%(変動費率35%) |
| 損益分岐点売上 | 固定費 ÷ 限界利益率。利益がゼロになる売上 | 固定費275万円 ÷ 65% = 約423万円 |
仮定例の飲食店は、月の売上500万円、変動費175万円(原価率35%)、固定費275万円で、利益は50万円です。損益分岐点売上は約423万円なので、売上が15%減ると利益がゼロになります。この「限界利益率」が、値上げのシミュレーションの鍵になります。限界利益率が低い事業(卸・小売など原価率が高い事業)ほど、値上げによる限界利益の増加率は大きく、客数減少への耐性も高くなります。
原価高騰で価格を据え置いた場合に何が起きるかも、この式で見えます。原価率が35%から40%に上がると、限界利益率は60%に下がり、同じ売上500万円でも限界利益は300万円、利益は25万円(半減)です。損益分岐点売上は約458万円に上がり、売上が8%減れば赤字になります。据え置きは「現状維持」ではなく、「利益を毎月削り続ける選択」です。
値上げ率×客数減少率のシミュレーション表
値上げで最も気になるのは「客数が減って逆に利益が減らないか」です。これは、現在の限界利益率と値上げ率から、「客数が何%減るまでは値上げ前の利益を維持できるか」として計算できます。
考え方:1人あたりの変動費(原価)は値上げしても変わりません。単価Pを r%値上げすると、1人あたりの限界利益は「P×(限界利益率+r)」に増えます。値上げ前と同じ限界利益の合計を保つのに必要な客数は、「限界利益率 ÷(限界利益率+値上げ率)」の割合まで減っても構わない、という計算になります。
| 現在の限界利益率\値上げ率 | 5%値上げ | 10%値上げ | 15%値上げ | 20%値上げ |
|---|---|---|---|---|
| 40%(原価率60%:卸・小売・製造の一部) | 客数11%減まで利益維持 | 20%減まで | 27%減まで | 33%減まで |
| 60%(原価率40%:飲食の一部・物販) | 8%減まで | 14%減まで | 20%減まで | 25%減まで |
| 70%(原価率30%:飲食・美容・治療院) | 7%減まで | 13%減まで | 18%減まで | 22%減まで |
| 80%(原価率20%:教室・サービス・士業) | 6%減まで | 11%減まで | 16%減まで | 20%減まで |
読み方:限界利益率65%の飲食店が10%値上げした場合、客数が約13%減るまでは値上げ前の利益を維持でき、客数の減少が13%より小さければ利益は増えます。仮定例で確認すると、500万円の売上(客単価5,000円・客数1,000人)を10%値上げして客単価5,500円にし、客数が8%減って920人になった場合、売上506万円、変動費161万円(920人×1,750円)、限界利益345万円、利益70万円で、値上げ前の50万円から20万円増えます。客数が13%減(870人)でも利益は約51万円で、ほぼ維持です。
表から分かる点は3つです。①限界利益率が低い(原価率が高い)事業ほど、値上げの効果が大きく、客数減少への耐性も高い(原価率60%の卸なら10%値上げで客数が2割減っても利益は維持できる)。②限界利益率が高い事業は、値上げによる利益の増加幅は小さいが、もともと客数の減少に弱いため、値上げよりも客数・リピート率の維持が重要。③「値上げしたら客が減る」の「減る」が何%かを、過去の値上げの経験や同業の事例で見積もり、表の許容範囲と比べることが判断の中身になります。客数の減り方は業種・立地・価格帯・競合の状況によって異なるため、過去に値上げしたときの客数の変化を自社の数字で確かめ、見積もりが許容範囲を超えるなら値上げ率や対象の商品を見直します。
値上げの伝え方・タイミングと価格以外の調整
数字で値上げの余地が確認できたら、「どう上げるか」を設計します。客数の減少を小さくするための実務的な工夫です。
- タイミング:年度替わり(4月)、消費税やコストの改定時期、メニューや契約の更新時期、繁忙期の前(閑散期に上げると客数減が目立ちやすい)。原価高騰のニュースが広く知られている時期は、顧客の理解を得やすい時期でもあります。
- 伝え方:1か月前には店頭・ウェブ・既存顧客への通知で予告し、理由(原材料・人件費・品質維持)を簡潔に、謝罪より「これからも続けるための改定」として伝えます。長い言い訳は不要で、既存顧客には「いつまで現価格か」を明示すると、駆け込みで売上が立つこともあります。
- 一律値上げより構成の見直し:全商品を一律10%上げるより、①主力商品を据え置き、周辺商品・オプションを上げる、②原価率の高い商品だけ上げるか廃止する、③上位メニュー(高単価・高限界利益)を新設して平均単価を上げる、④セット・コース化で客単価を上げる、といった組み合わせのほうが、顧客の心理的な抵抗が小さく、限界利益率の改善は大きくなることが多いです。
- 量・内容の調整:価格を据え置いて量を減らす方法は、短期的には抵抗が小さいものの、気づかれたときの信頼の損失が大きく、正面からの値上げのほうが長期的には安全です。品質を落とさないことが前提です。
- 新規と既存の価格差:契約型のサービス(顧問・レッスン・保守)では、新規顧客から新価格を適用し、既存顧客は更新時に段階的に上げる方法があります。既存顧客への据え置きが長期化すると、新規との逆転が起きるため期限を決めます。
- やめる選択肢:限界利益がマイナスに近い商品・サービス・顧客(値引き要求が強い、手間が極端にかかる)は、値上げではなく「やめる」ことで全体の限界利益率が上がることがあります。
値上げ後に見る数字客単価・客数・粗利率
値上げは実施して終わりではなく、1〜3か月の数字で効果を確認し、必要なら調整します。見る数字は次の4つです。
| 数字 | 見方 | 判断 |
|---|---|---|
| 客単価 | 値上げ率どおりに上がっているか。上がっていなければ、安い商品への流れ(ダウングレード)が起きている | 構成の見直し(セット・上位メニュー)で平均単価を戻す |
| 客数(来店数・契約数) | 前年同月比で何%減ったか。季節要因と分けて見る | シミュレーション表の許容範囲内なら継続。超えていれば理由(価格か、別の要因か)を確認 |
| 粗利率(限界利益率) | 値上げ前より上がっているか。原価の上昇が続いていれば上がり幅が小さい | 目標の限界利益率に届かなければ、次の改定時期を決める |
| 月次利益と現預金 | 結果として利益と手元資金が増えたか | 増えていれば成功。増えていなければ、客数か単価か原価のどこに原因があるかを分解する |
客数の減少は値上げ直後に大きく表れ、その後落ち着く場合もありますが、必ず戻るとは限りません。1か月目の数字だけで値下げに戻すのは早計ですが、客数・限界利益と資金繰りは毎月確認します。3か月の推移を見て判断します。値上げ後の数字は、毎月の試算表に客数・客単価の欄を加えて記録し、「月1回の振り返り」の中で確認します。
(仮定例)10%値上げ後、1か月目に客数が15%減った場合
(仮定例)限界利益率70%の店が10%値上げし、1か月目の客数が前年同月比で15%減ったとします。1人あたりの限界利益は値上げ前の単価の70%から80%相当に増えるため、限界利益の合計は0.8×0.85÷0.7=約97%となり、この月だけを見ると約3%の減少です。
その後、2か月目に客数の減少が10%、3か月目に8%まで戻れば、限界利益の合計はそれぞれ約103%、約105%(0.8×0.92÷0.7)となり、値上げ前を上回ります。1か月目の数字で値下げに戻していれば、この増加は得られませんでした。シミュレーション表の許容範囲(この場合は客数の減少が約13%まで)と、3か月の推移を並べて判断します。実際の事例ではありません。
決断を先延ばししているときにコーチングでやること
値上げが必要だと分かっていながら決断できないご相談は多く、理由はたいてい「数字が見えていない」か「怖さの中身が整理されていない」のどちらかです。当事務所の経営者コーチングでは、次の順で進めています。
- ①数字を出す:直近の試算表から変動費・固定費を分け、限界利益率と損益分岐点売上を計算します。原価の上昇が利益をどれだけ削っているかを「月いくら」で確認します。ここで多くの方が「据え置きのコストの大きさ」に気づきます。
- ②シミュレーションを作る:値上げ率を5・10・15%で置き、客数が何%減るまで利益が維持できるかを、ご自身の数字で表にします。過去の値上げの経験、同業の動向、顧客層から「実際に減りそうな客数」を見積もり、許容範囲と比べます。
- ③怖さを分解する:「客が減る」の中身を、「常連が離れる」「新規が来なくなる」「クレームが出る」「競合に流れる」など具体的に書き出し、それぞれに対して伝え方・構成の見直し・期限の設定で手を打てるかを検討します。打てないものが残れば、それが本当のリスクです。
- ④決めて、期限を切る:値上げの内容(どの商品を何%)、実施日、予告の方法、確認する数字(客単価・客数・限界利益率)と確認の時期(1か月後・3か月後)を決めます。「もう少し様子を見る」を選ぶ場合も、「いつまで様子を見て、何の数字で判断するか」を決めます。
- ⑤実施後に振り返る:月1回のセッションで値上げ後の数字を見て、継続・調整を判断します。想定より客数が減った場合も、原因を分解して次の行動を決めます。
税理士が隣にいる意味は、値上げの判断が「数字の上で成り立つか」「納税・資金繰りと矛盾しないか」をその場で確認できることです。値上げで利益が増えれば法人税・所得税も増えるため、増えた利益のうち手元に残る割合(税引後)と納税の時期も同時に見ておきます。初回の30分は無料でお話を伺い、進め方をご提案します。
「値上げの判断」に関するよくある質問
「売上がゼロでもかかるか」で分けます。正社員の給与や固定シフトのアルバイト代は固定費、売上や客数に応じて増やす追加シフトや歩合給は変動費です。厳密に分けきれない費用は、主な性質で割り振れば判断には十分です。試算表の科目ごとに「固定・変動」の印を付けていけば、30分程度で分けられます。分け方に迷う場合は、税理士と一緒に試算表を見ながら決めるのが早いです。
競合の価格だけで決めると、競合の原価構造と資金力に自社の利益を委ねることになります。まず自社の限界利益率と損益分岐点を確認し、現在の価格で事業が続くかを判断します。続かない価格で競合に合わせ続ける選択は、撤退を先延ばしにしているのと同じです。価格で競えないなら、提供するものの違い(品質・対応・専門性・利便性)で選ばれる形にし、その価値に見合う価格にすることが論点になります。すべての顧客を維持する必要はなく、価格に納得する顧客に絞る判断も含めて検討します。
予告への反応と、実際の離脱は別です。「残念だ」と言った顧客が、実際に来店・継続をやめるとは限りません。判断は感想ではなく、実施後1〜3か月の客数・客単価・限界利益率の数字で行ってください。予告段階で撤回すると、次の値上げがさらに難しくなります。常連への配慮が必要なら、既存顧客向けの移行期間や特典を設ける方法で対応し、価格そのものは予定どおり改定するのが基本です。
税金は増えた利益の一部(法人なら約2〜3割、個人は所得に応じた累進税率)であり、残りは手元に残ります。利益が増えなければ税金もゼロですが、手元資金も増えず、原価上昇で削られた利益を取り戻せません。値上げの判断で税金を理由に躊躇する必要はなく、むしろ増えた利益の納税時期(法人税・消費税・所得税・予定納税)を資金計画に入れておくことが重要です。節税策は利益が出た後に、資金繰りを圧迫しない範囲で検討します。
「値上げを決断する前に確認する数字」まとめ
- 費用を変動費と固定費に分け、限界利益率(売上−変動費÷売上)と損益分岐点売上(固定費÷限界利益率)を出す。原価高騰の据え置きは利益を毎月削る選択
- 値上げ率r%で客数が「限界利益率÷(限界利益率+r)」の割合まで減っても利益は維持できる。限界利益率65%で10%値上げなら客数13%減まで。原価率が高い事業ほど値上げの効果が大きい
- 伝え方は1か月前の予告と簡潔な理由、タイミングは年度替わりや更新時期。一律より構成の見直し(主力据え置き・周辺を上げる・上位メニュー・セット)、やめる商品の判断も含める
- 値上げ後は客単価・客数・限界利益率・月次利益と現預金を1〜3か月見て判断。1か月目の客数減で戻さない
- 決断できないときは、数字を出す→シミュレーション→怖さの分解→内容と期限を決める→振り返る、の順。税理士の伴走で納税・資金繰りと矛盾しない判断にする。初回30分無料
値上げの判断を数字で確認したい方は、横浜の岩本隆一税理士事務所へ。
「自社の限界利益率と損益分岐点を出してほしい」「何%上げて客数が何%減るまで大丈夫か、自分の数字で見たい」「決断を先延ばしにしている」など、お気軽にご相談ください。横浜市内の店舗・サービス業・製造業の経営者を中心に、代表税理士が試算表を見ながら直接伴走します。初回30分は無料で進め方をご提案します。ご依頼に関する初回相談・お見積もりは無料です。具体的な調査・検討が必要なご相談は、内容を伺ってご案内します。
執筆者紹介

岩本隆一税理士事務所
代表税理士・行政書士
岩本 隆一Ryuichi Iwamoto
準大手税理士法人で多くの実務を経験後、横浜市西区で独立。「経営者の孤独と本音に寄り添うパートナー」を信条に、代表自らが直接対応します。IT(クラウド会計・LINE)を活用して業務を進めます。土日祝・夜間の対応は事前予約制です。横浜F・マリノスを愛する生粋の横浜っ子です
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