医療法人の理事長・理事の役員報酬と退職金|決め方・変更できる時期・税務上の注意

医療法人の理事長・理事の役員報酬と退職金|決め方・変更できる時期・税務上の注意

横浜市で医療法人の設立・税務顧問サポートを行っている、岩本隆一税理士事務所の代表、岩本隆一です。

「理事長の報酬はいくらが妥当なのか」「利益が出たので期の途中で報酬を上げられないか」「妻を理事にして報酬を払ってよいか」「退職金の目安と税務上の注意は」――医療法人の理事長や親族役員の方から、役員報酬と退職金についてこうしたご相談を受けます。医療法人は剰余金の配当が禁止されているため、法人の利益を理事長や家族に還元する手段が役員報酬と退職金に限られ、その分、税務署も金額の妥当性を注意して見ます。ルールを押さえて、根拠を残しながら決めることが重要です。

この記事では、役員報酬の決め方(定期同額給与・事前確定届出給与)と変更できる時期、親族役員(配偶者・子)の報酬と勤務実態、理事長の個人所得税・社会保険料と法人の税負担のバランス(簡易シミュレーション)、役員退職金の算定(功績倍率法)・支給時の手続き・分掌変更の注意、医療法人特有の制約(剰余金配当禁止)との関係を解説します。本記事は2026年11月6日時点の法人税法34条・同施行令70条・法人税基本通達・所得税法・医療法に基づいています。一般の会社の設立初年度の役員報酬の決め方は「設立初年度の役員報酬の決め方」で解説しています。

役員報酬の決め方定期同額給与・事前確定届出給与と変更できる時期

医療法人の理事長・理事・監事に支払う報酬が法人税の損金になるのは、法人税法34条が定める形に当てはまる場合に限られます。医療法人(社団・財団)は同族会社ではありませんが、34条の役員給与の規定は適用されます。

形内容医療法人での使い方
定期同額給与1か月以下の一定期間ごとに同額を支給する報酬。事業年度開始から3か月以内の改定(通常改定)、役職変更などの臨時改定、業績悪化による減額改定は認められる毎月の役員報酬の基本形。社員総会(理事会)で年間の額を決め、議事録に残す
事前確定届出給与支給時期と金額を事前に税務署へ届け出て、届出どおりに支給する報酬(賞与に相当)。届出期限は、社員総会等の決議日(職務の執行を開始する日より後に決議した場合はその開始日)から1か月を経過する日と、事業年度開始から4か月を経過する日のいずれか早い日(設立時の職務は設立日以後2か月を経過する日)理事長への年2回の賞与などに使える。届出と1円でも違う額を支給すると全額が損金不算入
業績連動給与利益等に連動する報酬非同族会社の有価証券報告書提出会社などが対象で、医療法人では実務上使えない

変更できる時期の考え方です。

  • 事業年度開始から3か月以内:社員総会で決議すれば、増額・減額ともに自由に改定できます。4月〜3月の会計年度なら6月末までです。決算承認の社員総会と同時に翌期の報酬を決めるのが一般的です。
  • 期の途中の増額:原則として認められません。「利益が出たから期中に報酬を上げる」と、増額分は損金不算入になります(増額前の額は損金のまま)。利益が出た年は、翌期の報酬を3か月以内に見直すか、事前確定届出給与を翌期に設定するか、役員退職金の原資として法人に残すか、で対応します。
  • 期の途中の減額:業績悪化(患者数の大幅な減少、資金繰りの悪化で金融機関との関係上必要など)による減額は認められます。単に「利益が多すぎるから」という減額は業績悪化改定に当たらず、減額後の額との差額が損金不算入になることがあります。
  • 臨時改定:理事長の交代、理事の新任・退任、常勤から非常勤への変更など、職務内容の重大な変更があれば、その時点で改定できます。
  • 手続きと記録:役員報酬は社員総会(定款で理事会に委ねている場合は理事会)の決議事項です。総額または各人の額と改定時期を議事録に残し、給与台帳と一致させます。認定医療法人や持分なし医療法人では、所轄庁への事業報告書に役員報酬の支給状況を記載するため、議事録との整合も確認されます。

親族役員(配偶者・子)の報酬と勤務実態

理事長の配偶者や子を理事・監事にして報酬を支払うことは、医療法人でも広く行われており、適正であれば問題ありません。損金として認められるかどうかは、「職務の内容に見合った額か」で判断されます(法人税法34条2項・施行令70条の「不相当に高額な部分」)。

  • 職務の実態:事務長として経理・労務・渉外を担う、理事として理事会に出席し経営判断に関与する、医師・看護師として診療に従事する、といった職務の実態を説明できることが前提です。名目だけの理事に高額の報酬を払うと、不相当に高額な部分として否認されます。
  • 額の目安:同じ職務を外部の人に依頼した場合の給与水準、他の理事との比較、法人の収益規模との釣り合いで判断します。非常勤の理事であれば、理事会への出席や担当業務の時間に見合う額になります。
  • 監事:監事は理事と兼任できず、理事の親族が監事になることは医療法上避けるべきとされています(所轄庁の指導で親族の監事就任を認めない運用が一般的)。監事報酬は監査業務に見合う額です。
  • 記録:各親族役員の職務内容を書面(職務分掌表)にし、勤務日・業務内容の記録、理事会の出席記録を残します。税務調査では「何をしている人か」を最初に聞かれます。
  • 認定医療法人の運営要件:持分なし医療法人への移行で認定医療法人の制度を使う場合、役員のうち親族など特殊関係者が3分の1以下であること、役員報酬が不当に高額でないことが要件です。親族役員の構成と報酬は、承継の選択肢にも影響します(「持分あり医療法人の出資持分と相続」参照)。

理事長の個人所得税・社会保険料と法人の税負担のバランス簡易シミュレーション

役員報酬を上げると、理事長個人の所得税・住民税と社会保険料が増え、法人の利益と法人税等が減ります。「理事長の手取り+法人に残る税引後利益」の合計が最も大きくなる報酬額を探るのが基本の考え方です。

仮定例:役員報酬を引く前の法人の利益が3,000万円、理事長は55歳、所得控除は社会保険料控除と基礎控除のみ、社会保険料率は健康保険(介護保険を含む)約11.5%(2026年4月分からの子ども・子育て支援金0.23%は省略)・厚生年金18.3%を本人・法人で折半(標準報酬の上限を考慮)、法人税等は所得800万円以下約23%・超過部分約34%(事業税を含めた概算。社会保険診療に係る所得は事業税が非課税のため、保険診療中心の法人では実際の負担率はこれより低くなります)と均等割7万円。2026年11月6日時点の税率・料率による概算で、端数処理は省略しています。

年間の役員報酬理事長の手取り(報酬−所得税・住民税−社会保険料本人分)法人に残る税引後利益合計税金の合計(所得税・住民税・法人税等)社会保険料の合計(本人+法人)
1,200万円約853万円(所得税約124万円・住民税約83万円・社保約140万円)約1,176万円(法人所得約1,660万円・法人税等約483万円)約2,030万円約690万円約281万円
1,800万円約1,186万円(所得税約307万円・住民税約140万円・社保約167万円)約763万円(法人所得約1,033万円・法人税等約270万円)約1,949万円約717万円約334万円
2,400万円約1,511万円(所得税約521万円・住民税約200万円・社保約167万円)約326万円(法人所得約433万円・法人税等約107万円)約1,838万円約828万円約334万円

この仮定例では、報酬を低くするほど合計は多く残りますが、理事長個人の手取りは減ります。社会保険料は標準報酬の上限(健康保険は月139万円、厚生年金は月65万円)があるため、報酬1,800万円を超えると社会保険料は増えず、所得税の累進(課税所得1,800万円超で40%、4,000万円超で45%)だけが効いてきます。実務では、①理事長の生活費と個人の資産形成に必要な手取り、②法人に残す内部留保(設備更新・退職金の原資)、③将来の退職金の算定基礎(最終報酬月額)の3点から報酬額を決めます。

医療法人特有の論点として、法人に利益を残しても配当で出せないため、「残した利益を将来どう理事長に還元するか」を同時に設計する必要があります。その主な手段が役員退職金です。

役員退職金の算定(功績倍率法)・支給時の手続き・分掌変更の注意

理事長が退任するときに支給する役員退職金は、法人の損金になり、受け取る側は退職所得として所得税の負担が軽い(退職所得控除後の2分の1に課税、他の所得と分離)ため、医療法人の利益を理事長に還元する最も効率的な手段です。ただし、不相当に高額な部分は損金不算入になります。

理事長の役員退職金の流れ

算定から支給・課税まで、理事長の退職金は次の順に進みます。

適正額を算定する「最終報酬月額×在任年数×功績倍率」で算定します。功績倍率は法令の数値ではなく、同業・同規模の支給事例との比較で判断されます。
支給できるか確認する法人の資金・内部留保で支給できるか、収益規模に照らして過大でないかを確認します。不相当に高額な部分は損金になりません。
社員総会で決議し支給社員総会で退職金の額または算定方法を決議し、退任登記などで退職の事実を整えて支給します。
源泉徴収と退職所得退職所得の受給に関する申告書を受け取って源泉徴収します。課税されるのは(退職金−退職所得控除)×1/2です。
最終報酬月額が低いと適正額も低くなるため、退任前の数年間の報酬水準が重要です。
本文の説明を図にまとめたものです。役員としての在任が5年以下の場合は、2分の1の計算は使えません。
  • 功績倍率法:退職金の適正額の算定方法として実務で広く使われるのは「最終報酬月額 × 在任年数 × 功績倍率」です。功績倍率は、同業・同規模の法人の支給事例との比較で判断され、理事長について3.0程度を用いる実務が多く見られますが、法令で定められた数値ではなく、裁判例でも事案ごとに判断されています。最終報酬月額が低いと退職金の適正額も低くなるため、退任前の数年間の報酬水準が重要です。
  • 仮定例:最終報酬月額150万円、在任30年、功績倍率3.0なら、150万円×30年×3.0=1億3,500万円が算定額です。この額を法人が支給できるか(資金・内部留保)、法人の収益規模に照らして過大でないかを、法人税の損金性と医療法人の運営の両面から確認します。
  • 受け取る側の税金:退職所得控除は勤続20年以下が40万円×年数(最低80万円)、20年超が800万円+70万円×(年数−20年)。在任30年なら1,500万円です。退職所得=(退職金−退職所得控除)×1/2で、上の例では(1億3,500万円−1,500万円)×1/2=6,000万円が課税対象になります。役員としての在任が5年以下の場合は2分の1の計算が使えません。
  • 支給の手続き:社員総会の決議(退職金の額または算定方法)、役員退職金規程(あれば)、退職の事実(理事長の退任登記)、支給日の確定。損金に算入する時期は、原則として社員総会で額が確定した事業年度(支給した年度に損金経理した場合はその年度)です。退職所得の受給に関する申告書を本人から受け取り、源泉徴収を行います。
  • 分掌変更による退職金:理事長が理事(非常勤)に退き、報酬が激減(おおむね50%以上減少)し、経営上の主要な地位から離れた場合は、実際に退職していなくても「分掌変更による退職金」として損金にできる扱いがあります(法人税基本通達9-2-32)。ただし、その後も実質的に経営を支配している(重要な決定を行っている、法人の印鑑を管理しているなど)と判断されると否認されます。後継者への実質的な引き継ぎが前提です。なお、未払金として計上しただけの額は、原則としてこの扱いの対象になりません(同通達の注)。
  • 持分なし医療法人への移行との関係:持分を放棄して移行する場合、理事長が法人の財産を受け取る手段は退職金に集約されます。認定医療法人の運営要件(特別の利益供与・不当に高額な報酬の禁止)に照らして、退職金が適正額の範囲内かを確認します。

医療法人特有の制約剰余金配当禁止との関係

医療法54条は医療法人の剰余金の配当を禁止しています。これが役員報酬・退職金の税務にどう影響するかを整理します。

  • 利益の還元手段が報酬と退職金に限られる:一般の会社なら配当で株主に利益を分配できますが、医療法人では理事長・出資者に利益を渡す合法的な手段は役員報酬と退職金だけです。そのため、報酬・退職金の額の妥当性が、税務調査でも所轄庁の監督でも注目されます。
  • 「事実上の配当」とみなされる行為:理事長個人の支出を法人が負担する、理事長に無利息・無期限で貸し付ける、理事長の親族に実態のない報酬を払う、理事長が所有する不動産を相場より高い賃料で法人が借りる、といった行為は、医療法上は配当禁止の潜脱、税務上は役員給与(損金不算入・源泉徴収漏れ)や寄附金として扱われます。
  • MS法人を通じた利益移転:理事長の親族が経営するMS法人に業務委託し、相場より高い委託料を払う形は、税務上は委託料の過大部分の否認、医療法上は関係事業者との取引として事業報告の対象になります(「MS法人のメリットとリスク」参照)。
  • 内部留保の使い道:配当できない利益は法人に蓄積し、持分あり医療法人では出資持分の評価額を押し上げます。設備投資・採用・分院展開・退職金原資としての計画的な活用と、承継方法(持分なし移行など)の検討が、報酬設計と一体で必要になります。
  • 役員報酬の決定過程の透明性:社員総会・理事会の議事録、職務分掌、報酬額の根拠(同業水準・収益規模)を文書化しておくことが、税務と医療法の両面での説明資料になります。

当事務所の医療法人設立・税務顧問サポートでは、設立時・毎期の役員報酬の設計、親族役員の報酬の妥当性の確認、退職金の算定と資金計画、持分なし移行を含む承継の設計を、決算と一体で行っています。

「医療法人の役員報酬と退職金」に関するよくある質問

A.原則として増額分は損金になりません。事業年度開始から3か月以内の改定か、職務内容の重大な変更がある場合を除き、期中の増額は定期同額給与の要件を外れます。対応としては、翌期の報酬を期首3か月以内に見直す、翌期に事前確定届出給与(賞与)を届け出る、利益を法人に残して将来の退職金の原資にする、設備投資や決算賞与(従業員向け)を検討する、といった方法があります。

A.職務の実態に見合っていれば問題ありません。事務長として経理・労務・受付管理を担っている、理事会に出席して経営判断に関与している、といった実態があり、同じ業務を外部の人に任せた場合の給与と比べて不相当でなければ損金になります。職務分掌表、勤務の記録、理事会の出席記録を残してください。実態がない、または他の理事と比べて著しく高額な場合は、不相当に高額な部分が否認されます。

A.分掌変更による退職金として損金にできる余地があります。要件は、理事長から非常勤の理事などに退き、報酬がおおむね50%以上減少し、経営上の主要な地位から実質的に離れることです。退任後も重要な契約の決定、資金の管理、職員の人事を実質的に握っていると、退職の事実がないとして否認されます。後継者に経営を実際に引き継ぐこと、議事録・登記・報酬改定で形を整えること、その後の関与を顧問的な範囲に限ることが必要です。

A.必ずではありません。功績倍率3.0は実務上の目安として広く使われていますが、法令上の基準ではなく、裁判例でも同業・同規模の法人の支給状況や法人の収益・在任期間・功績を踏まえて事案ごとに判断されています。最終報酬月額を退任直前に急に引き上げて退職金を大きくする、在任年数の数え方を有利に操作する、といった方法は否認の原因になります。退任の数年前から報酬水準・規程・資金計画を整えておくことをおすすめします。

「医療法人の理事長・理事の役員報酬と退職金」まとめ

  • 役員報酬は定期同額給与(期首3か月以内の改定、業績悪化・臨時改定のみ期中変更可)か事前確定届出給与。期中の増額は損金不算入。社員総会の議事録と給与台帳を一致させる
  • 親族役員の報酬は職務の実態と同業水準で判断。職務分掌・勤務記録・理事会出席記録を残す。監事に親族は避ける。認定医療法人なら親族役員3分の1以下の要件も
  • 報酬を上げると個人の所得税・社保が増え法人税等が減る。仮定例(報酬前利益3,000万円)では報酬1,200万円で合計約2,030万円、2,400万円で約1,838万円。社保は上限で止まり、所得税の累進が効く
  • 退職金は最終報酬月額×在任年数×功績倍率(3.0は目安であり法令の基準ではない)。退職所得は控除後の1/2課税。分掌変更は報酬50%以上減と経営からの実質的な離脱が条件
  • 剰余金配当禁止のため利益の還元は報酬と退職金のみ。個人支出の法人負担・無利息貸付・親族への実態のない報酬・MS法人への過大委託は事実上の配当として否認される。内部留保の使い道と承継方法を報酬設計と一体で考える

医療法人の役員報酬・退職金の設計は、横浜の岩本隆一税理士事務所へ。

「理事長の報酬額を手取りと法人の税負担から決めたい」「親族役員の報酬の妥当性を確認したい」「退職金の算定と資金計画、承継の時期を相談したい」など、お気軽にご相談ください。横浜市内の医療法人を中心に、代表税理士が直接対応します。ご依頼に関する初回相談・お見積もりは無料です。具体的な調査・検討が必要なご相談は、内容を伺ってご案内します。

執筆者紹介

岩本隆一税理士

岩本隆一税理士事務所
代表税理士・行政書士
岩本 隆一Ryuichi Iwamoto

準大手税理士法人で多くの実務を経験後、横浜市西区で独立。「経営者の孤独と本音に寄り添うパートナー」を信条に、代表自らが直接対応します。IT(クラウド会計・LINE)を活用して業務を進めます。土日祝・夜間の対応は事前予約制です。横浜F・マリノスを愛する生粋の横浜っ子です

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